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過去のサクカ2
#柱マダ
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雨音と甘噛み
3012文字
現パロの柱マダです。柱間目線。マダラの妙な癖とノスタルジーの話。
ポイピクに上げてた小説にちょっと加筆修正しました。
#柱マダ #NARUTO

曇り硝子の小窓から、冷たい外気が部屋に沁み込む。充満する霜夜の寒気が、端末を操る指先から感覚を失わせてゆく。
 オレと比べてやや白い肌を持つ男は、こちらに背を向け、事後の気怠さにまどろんでいた。剥き出しの背中は、三十を前にして未だ均整のとれた肉付きで、無駄なくついた筋肉が形作る隆起に、オレはいつも見惚れてしまう。
 そろそろ布団をかけてやった方が良いだろうか、と逡巡していると、ついに男はもぞもぞと動き出した。流石に寒さで目覚めたか、などと呑気に考えているのも束の間、本能的に、手元にあった暖の取れる物を引き寄せたのだろう。掛け布団の半分は彼の為にとっておいたというのに、容赦なく大半を奪い取られてしまう。
「寒い。寒いぞ。入れてくれ、マダラ」
 オレは携帯を置いてにじり寄った。まるで籠城するかの様に、隙間なく丸められてしまった布団の隙間をつついてこじ開け、なんとか懐に潜り込む。顔を上げると横暴な城の主と目が合って、鼻で笑われた。
 昔からこうして、ただオレの顔を見て笑う事があるのだが、彼にとって何が面白いのかさっぱり分からないし、尋ねた所で答えてくれる事もなかった。
「お前は充分温いだろ」
 脇下へ冷たい手を差し込まれて、思わず小さな悲鳴が飛び出た。両手で彼の手を取ると、形の良い爪は紫がかっていて、気の毒な位に凍えてしまっていた。
「分けてやろうか」
 前腕、上腕、肩、首筋、背中・・・と、熱を分け与える為に、マダラの全身に手を伸ばしていく。触れた所はすべてが冷たく、余すことなく熱を吸い取られて、今度はこっちの体が冷えてくる程だった。
「鳥肌立ってるぞ」
 充分温まったからか、貰ってばかりの申し訳なさからか、マダラがオレの身体を啄みはじめる。唇だけは妙に温かく、少しだけかさついた皮が、時おり肌に引っかかって心地よかった。やがてマダラの頭が布団の中へすっぽりおさまると、敏感な脇腹にたどり着いたらしい。とげとげした剛毛に弱い部分を撫でられて、思わず鼻から息が漏れ出る。
 それが嗜虐心を煽ったのか、善意の啄みは、徐々に悪戯っぽい甘噛みへと変わっていった。

 思えば、マダラの唇は昔から荒れ気味だった。今はそこまででも無いが、ろくに手入れもしていなかったのだろう。せっかく形の良い唇をしているのに、勿体ない。そんな事を最初に思ったのは、彼と出会って2カ月ほど経った、小学校中学年の夏だった。
 都会から転校してきたという彼は、話してみればどうやら互いに「名のある企業の跡取り息子」「弟がたくさん居る」という共通点があるらしかった。どちらも重たい親の期待と厳しい教育にほとほと疲れていたので、似た境遇のオレ達が仲良くなるのは必然だったのだ。
 彼とは習い事や塾の合間をぬって、小さな野山でよく遊んだものだった。チャイムが鳴るとランドセルをしょって飛び出し、水面と緑が光り輝く畦道を駆け抜け、野山をかけずり、木の実を探したり、見晴らしのいい山頂まで競争したりする。小遣いを手に入れた時などは、別れる前に山の麓の古びたコンビニへ行き、大ぶりな霜のついた水色アイスを買って食べるのがすっかり日常になっていた。
 二人きりで、木陰でアイスを食べている間だけは、言葉も交わさない。舌や歯の神経に沁みる冷たさをただ味わいながら、目前に広がる田園を見つめている。それが二人だけの、暗黙の約束だった。
 そうしていつもの様にアイスの封を開けたある日、気まぐれでふとマダラを見やると、食べ終わったアイスの棒をいつまでも齧っていたのが、今でも記憶に残っている。ふだん兄気質な彼にしては妙に子供っぽい仕草で、オレはそれを眺めるのがなんだか無性に好きだった。
 自分も真似して棒を口に含んでみると、子供の舌にはおいしいとは言い難いが、どこか懐かしい木の風味がした。彼が、何を好んでこんな事をしているのか検討もつかないが、わざわざ指摘する事でもないと思い、アイスのかけらと一緒に呑み込む。溶けたアイスですっかり湿って、所々めくれた皮がはりついた彼の唇から、その時は何故か目が離せなかった。

 今日も、夕食のおでんをつつきながらテレビを見つめている間、彼は昆布出汁が染みた割り箸をしばらく口に含んでぼうっとしている事があった。
 こうした仲になって以来、まじまじと観察して気づいた事なのだが、どうやらこの妙な癖は、自分や家族など気をゆるした相手の前や、落ち着ける場所など、とにかく彼が気を抜いた時に出るものらしいのだ。
 思い返せば、2人きりであっても外食の場では、あんな仕草に憶えはない。既に記憶が薄れつつある大学時代のコンパや合コンなどは、尚更ない。
 それを知ってしまってからは、その行動を目にする度に、オレは彼にとって特別なのだという、ふくよかな甘さを孕んだ気分で満たされ、いつでも嬉しくなってしまうのだった。

「何ニヤニヤしてやがる」
 物思いに耽って目尻を垂らしていると、過去から引きずり戻す様に歯をたてられる。
「なんだか懐かしくなってなあ」
 何事も無かった様にあっけらかんと、片手を彼の頬に添えてそう言えば、マダラはつまらんとでもいう様に眉を顰めて目を伏せてしまった。
 頬から伝わるオレの微熱のせいか、みずから施した愛撫に興が乗ってきたのか、オレの下腹部の際どい所に顔を寄せて、執拗につつきまわし始める。オレも嫌ではなかったので、されるがままになって、深く長い息を吐く。
 瞼を閉じて、マダラの荒れた唇の感触が、熱くも冷たくもない微妙な手の温度が、自身の肉体を這いずりまわる痕跡に集中する。耳を澄ませると、シーツと肌の擦れる音と、冷えた部屋の静寂との隙間から、彼の透き通って控えめな呼吸音が、ほんの僅かに聴こえてくる。
 姿は見えずとも、彼は確かにそばにいる。今まで享受してきた当たり前の事実だというのに、オレはその事に無性に安堵し、それから少しの郷愁にかられ、すぐさま彼がもたらす暖かな刺激で上塗りされた。それはひたすら繰り返され、永遠の様に思えた。
 長らく心地よい感覚に浸っていると、やがて雨が降り出したのか、寝室の小窓がピシピシと泣き始めた。かすかな雨音は、マダラの愛撫が捕食じみてくるにつれ、次第に激しい轟音へと変わっていった。

 しばらくして雨足が弱まった頃、マダラは歯形が残るくらいの強い力で、オレの肩に噛み付いた。皮膚に喰い込まんとする鋭い痛みに、流石にこれ以上は、と思い制止する。
「そんなに喰らいたいのか、オレを」
 そう問えば、マダラは笑いまじりに「そうだ」と呟き、今度は太腿に噛み付いてくる。布団に潜ってしまった彼の様子は伺えなかったが、それは柔らかく、優しさと傾慕に満ちた営みである事は確かだった。

 やがて飽きてしまったのか眠くなったのか、腹の辺りに顔を寄せたまま、彼は動かなくなった。ささやかな寝息が腹の毛をくすぐってこそばゆい。絶え間ない雨音は耳を覆い、やがて眠気が瞼にまとわりつく。
 戯れに、マダラのたくましい髪に触れようと左手を伸ばすと、先ほど噛まれた傷痕が目に入った。綺麗な歯形からは少し血が滲んでいたが、それでも何故だか悪い気はしなかった。

 そういえば、はるか昔にも、こうして彼に強く噛みつかれた事があったのだった。
 確か、あの雨降る谷の、別れのいくさばで。

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